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医師が作成した証明書・意見書について争われた裁判例~失業保険・労災の休業補償~【荒木弁護士解説】

医師が作成した証明書・意見書について争われた裁判例~失業保険・労災の休業補償~【荒木弁護士解説】

厚生労働省が発表した令和7年度過労死等の労災補償状況によれば、精神障害の労災請求は4,958件、認定件数は1,082件となり過去最多を更新しました。

患者が労災申請する際には、労災の申請書に医師から傷病名、療養の期間などの証明をしてもらう必要があるため、担当している患者から労災の申請書への記載を求められたことがあるドクターも少なくないと思います。

また、労災の申請の他にも傷病手当金の申請、保険金の請求など患者の疾病、手術、入院等に関連して受け取ることができる給付等に関する書類への記入を求められることは日常的にあると思いますが、医師の記載が患者の求めている給付等との関係でどのような法的意味をもつか意識することは多くはないのではないでしょうか。

医師が記載した患者の就労可否について、最初に作成した証明書の内容が誤りであったと医師自身が認めたにもかかわらず内容が覆らなかったという最近の裁判例をご紹介いたします。

東京地裁令和7年11月6日判決(国・甲府労基署長事件)

【事案の概要】

住み込み管理人として就労していた1968年生まれの原告の男性が、就労中に不安抑うつ障害(本件疾病)を発症し、労災の休業補償の申請を行ったところ通院日を除く期間を不支給とされたため、不支給決定の取り消しを求めて提訴した事案です。

原告は、週20時間以上就労可能であるとする主治医の証明書をハローワークに提出して求職活動を行いつつ失業保険を受給していましたが、後に主治医が証明書は誤りであったとする意見書を作成して労災の支給の審査を行う労働者災害補償保険審査官に提出したものの、裁判所は意見書の信用性を否定し、当初主治医が作成した証明書に基づき就労可能な状態であったと認定して通院日以外の日の休業補償を不支給とした労基署の判断を是認しました。

【時系列】

時期 事柄
2016年6月 原告(労働者・患者)が会社に雇用されセミナーハウスで住み込み管理人として就労開始。
2016年12月20日 原告が不安・抑うつ気分・不眠を主訴に発病、同月26日に不安抑うつ障害と診断される。
2018年1月 転居に伴いA病院に転院し、B医師による外来診療・投薬治療開始(月1~2回)。
2018年9月26日 B医師が2016年12月20日から2018年9月26日までの期間の就労は困難であるが、9月27日からは週20時間以上の就労が可能である旨を記載した証明書【B医師の証明書】を作成。
2018年10月2日 原告がハローワークに本件医師の証明書を提出して求職申込み。雇用保険の基本手当(いわゆる失業保険)の受給資格を取得。
2018年10月9日
~2019年10月3日
失業保険を受給する。職業相談等に参加し、すぐ応じられる旨の失業認定申告書を提出。
2018年10月以降 概ね月1回程度A病院を受診。投薬量に変化なく、カルテに症状悪化を示す記載なし。
2019年3月1日 休業補償の労災申請①(申請期間:2017年3月2日〜2018年1月23日(328日間):全額支給)。
2019年7月22日 休業補償の労災申請②(申請期間:2018年1月24日〜2019年6月30日(523日間))。→ 2018年1月24日〜同年9月26日は支給、9月27日※〜2019年6月30日は就労可能として不支給(別訴で不支給が確定)。

※2018年9月26日作成のB医師の証明書に9月27日から週20時間以上の就労が可能である旨の記載あり。
2020年9月25日 B医師が2018年9月26日付で作成した、9月27日以降は週20時間以上就労可能であると記載した証明書は誤りで、診察室では就労可能に見えたが実際に就労しようとすると疾患の影響が残っていた旨の意見書を提出。
2020年10月28日 休業補償の労災申請③(申請期間:2019年7月1日〜2020年8月1日(398日間))。→ 医療機関を受診した10日間のみ支給し、それ以外の期間は不支給。
2021年6月10日 休業補償の労災申請④(申請期間:2020年8月2日〜2021年4月1日(243日間))。→ 医療機関を受診した8日間のみ支給し、それ以外の期間は不支給。
2024年11月 原告が休業補償の労災申請③④につき労基署長の受診日以外の日の不支給決定を不服として本件訴訟を提起。

労災申請③④の期間のうち、通院日を除く日において、原告が本件疾病による療養のため労働することができなかったといえるか。

原告(患者)の主張:

主治医は2020年9月25日の意見書で2018年9月27日から週20時間以上就労可能であると記載した証明書の所見が誤りであると認めており、医師が自ら書面の誤りを文書で認めることはよほどのことであるから、誤りであると認めた意見書の信用性は高い。診察室では安定して見えても実際には就労できる状態になかった。ハローワークの職員も「今は体を休めるべき」と助言しており、就労できる状態でなかったことは第三者からも明らかであった。
したがって通院日以外も労働不能であった。

被告(国)の反論:

主治医の証明書は約8か月・10回以上の診療実績に基づく十分な医学的判断により作成された。原告は証明書を提出して求職活動を行い失業保険を受給しており、労働できない状況にあったとは認められない。

主治医の撤回の意見書は、いつ・いかなる事象に接し・いかなる医学的判断で判断を覆したのかを明確に示さず、抽象的な意見表明にとどまる。

裁判所の判断:

裁判所は、以下のように判断し、患者である原告の請求を認めませんでした。

労災保険法14条の「労働することができない」とは労働不能をいい、物理的に労働できない場合のほか療養管理上不適当な場合も含むが、り患直前の業務に従事できなくても、一定の労働が可能で一般的に労働不能とはいえない状態(少なくとも軽作業が可能な状態)になれば「労働することができない」とはいえない。

B医師は前医情報を得て約8か月間、月1〜2回の頻度で原告の診療を行い、その結果を踏まえて週20時間以上の就労が可能であるとの証明書を作成しており、内容に疑義を生じさせる事情はない。原告はこの証明書を提出して求職申込みをし、職業相談等に参加し、すぐ応じられる旨申告して失業保険を受給しており、その行動は証明書の内容と符合する。

証明書を作成した後の2018年10月以降も投薬量に変化はなく、症状悪化の記載もないから、一定の就労が可能な状態であった。

証明書が誤りであったとの意見書については、医師が自ら書面の誤りを文書で認めた一事だけで信用性が高いとはいえない。同意見書は、実際に就労しようとした際に生じた具体的な症状に言及せず、診療録にもその影響や症状変化の記載がなく、具体的根拠に基づく医学的判断とみられず信用性に疑義があるとして、原告の主張を退けました。

【失業保険と労災の休業補償の違い】

失業保険

就職できる能力があることが必要
※病気やけがのためすぐに就職できないときは対象外

労災の休業補償

病気やけがによる療養のため働くことができないことが必要
※就労可能な場合は対象外

本裁判では、雇用保険の基本手当(いわゆる失業保険)と労災の休業補償が問題になっています。

失業保険を受給するためには、ハローワークで求職の申込みを行い、就職しようとする積極的な意思があり、いつでも就職できる能力があるにもかかわらず、職業に就くことができない「失業の状態」にあることが必要です。本裁判との関係でポイントになるのが、失業保険を受給するためには、就職できる能力があることが必要で、例えば、病気やけがのためすぐには就職できないときは、就職できる能力があるとはいえず、「失業の状態」にあるとはいえません。

病気やけがにより働くことができなくなった労働者がハローワークで失業保険の受給手続きを行う場合に、就労可能な状態であることを医師が証明する就労可能証明書の提出を求められることがあります。

本裁判の原告の主治医は、患者である原告が失業保険を受給するために必要な就労可能証明書の作成を求められて就労可能である旨の証明書を作成したと考えられます。

一方、労災の休業補償給付は、業務上の事由または通勤による負傷や疾病による療養のために労働することができないという要件を満たす必要があります。つまり、病気やけがによる療養のため働くことができないということが必要であり、一定の労働が可能な場合は要件を満たしません。労災の申請の際にも診療担当者の証明として傷病名、療養の期間等の必要な事項について医師の証明が必要になります。

このように、失業保険は就労可能な状態であることを要件とし、労災の休業補償給付は労働することができないことを要件としており、両立しえない性質の給付であるといえます。

本裁判では、患者が就労可能であるとする証明書をハローワークに提出して失業保険を受給する一方で、重複する期間について労災の休業補償給付を申請していました。

着目するポイントは、主治医が就労可能であるとした証明書は誤りであったとする意見書を後に提出しましたが、意見書の信用性は高くないとされ、先の就労可能であったという証明書の通り患者が一定の就労が可能であったと判断され、休業補償給付を不支給とした国の判断が維持された点です。

まとめ

冒頭で述べたように精神障害の労災申請及び認定件数共に過去最多を更新しました。精神障害だけではなく、病気やけがに関連した給付を患者が申請・請求する際に医師の意見書等の医師の証明が必要なことも多く、治療に加えてこのような書類作成業務に時間を割く負担も大きいのではないでしょうか。

更に、医師の意見書の内容によって患者が受ける給付等の可否を左右する場合には、とりわけ、患者から記載内容についての希望を伝えられ、その対応に苦慮されることもあるかもしれません。

本裁判で患者と主治医との間で、証明書が誤りであったとする意見書の作成に至るまでどのようなやり取りがあったかは判決文からは読み取ることはできませんでしたが、患者の治療とは直接関係ないところで対応に時間を取られて、裁判において医師の作成した意見書の信用性について争いになることも負担になると考えます。

患者の求めに応じて、医師が作成する書類は様々ありますが、記載した内容がその後の給付等の手続きにおいてどのような意味を持つかまで把握することは困難だと思います。

また、精神障害発症後の就労の可否の判断は、患者の主観による影響を受けやすいのではないでしょうか。

本記事では、主治医が就労可能であるとの証明書を出したのち、証明書が誤りであったとする意見書を提出したものの、裁判では意見書の信用性が低いとされ、最初の就労可能であるとの証明書の内容を前提として判断された興味深い裁判例を紹介しました。

また、意見書の信用性が低いとされた理由として、実際に就労しようとした際に生じた具体的な症状に言及せず、診療録にもその影響や症状変化の記載がないと指摘された点も参考になると考え、紹介しました。

弁護士 荒木 優子
弁護士 荒木 優子
https://araki-law.com/
第二東京弁護士会所属。勤務医の労務問題やクリニック運営に関する法律相談などが専門。医師の労働問題に関してSNSやメディアで日常的に発信し、X(旧Twitter)でのフォロワー数は1.3万人以上。

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