医師が長時間労働やパワハラで病気になったら?労災が認められる要件【荒木弁護士解説】
今回は、労災について解説したいと思います。
労災とは、労働災害の略で、労働者が仕事や通勤が原因で怪我をしたり病気になったり死亡したりすることをいいます。
労災と聞くと、まず仕事中に発生した事故による怪我をイメージする方が多いと思いますが、長時間労働や職場のハラスメントが原因で生じた精神疾患、長時間労働が原因で生じた脳や心臓の疾患も労災となります。
労災と認められれば、国から労災保険による治療費や休業補償をはじめとする様々な補償が受けられます。
労災保険の対象となる労働者とは、「職業の種類を問わず、事業に使用される者で、賃金を支払われる者」をいい、 労働者であればアルバイトやパートタイマー等の雇用形態は関係ありません。勤務医の場合は、非常勤医師や単発のアルバイト医師も労災保険の対象になります。
業務災害は、労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡のことをいいます。
事故が起こって発生した傷病・死亡の「業務上」の判断について、判例や行政実務では、①業務遂行性と②業務起因性が必要であるとされています。
①業務遂行性は、当該事故が業務遂行中に起こったかということを意味します。
②業務起因性は、傷病が業務に起因して発生したものであるかということを意味します。
また、長時間労働による脳・心臓の疾病の発症や長時間労働やハラスメントによる精神疾患の発症など事故によらない業務上の疾病については、疾病の原因が業務にあるか、業務起因性が問題になるケースが多いのが特徴です。
この業務起因性の判断については、専門的な医学的な判断を必要とすることが多いです。パワハラと労災は、3.精神疾患と労災で、長時間労働と労災は、4.脳・心臓疾患と労災で解説します。
病院内でエチレンオキシドガス滅菌器での滅菌作業中にエチレンオキシドガス中毒
本災害は、エチレンオキシドガス滅菌器で滅菌作業中に発生した。
病院内2階の中央材料室で、作業者(看護師)1名がエチレンオキシドガス滅菌器で滅菌作業を行うため、滅菌器にエチレンオキシドガスが充填されたカートリッジを装填する作業中、カートリッジを落とした。カートリッジ装填後、ガス漏れが発生したような音を聞いたため、確認のためカートリッジの装填部位に顔を近づけた。作業者はガスの拡散防止処理を行ったが、処理後、口元のしびれ、喉頭痛など中毒症状が現れ、病院を受診しエチレンオキシドガス中毒と診断された。
職場でパワハラ被害を受けたり、長時間労働により罹患する疾患として特に問題になるのが、精神疾患です。代表的な精神疾患としては、適応障害、統合失調症及びうつ病が挙げられます。
労働者が職場でパワハラを受け、業務起因性の認められる労災給付の対象となる精神疾患を発病した場合には、労災給付の対象となります。
厚生労働省は、「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」(令和5年9月1日基発0901第2号)を策定しています。職場でのパワハラにより精神障害を発病したとして労災を申請した場合には、この認定基準により判断されます。
認定基準で示される認定要件は、以下のとおりです。
①対象疾病※を発病していること
②対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと
※対象疾病とは、疾病及び関連保健問題の国際統計分類第10回改訂版(以下「ICD-10」という。)第Ⅴ章「精神及び行動の障害」に分類される精神障害であって、器質性のもの及び有害物質に起因するものを除くと定義づけられています。
認定基準の別表1「業務による心理的負荷評価表」では、出来事の類型ごとに心理的強度を「弱」「中」「強」とする具体例が記載されています。
パワーハラスメントと長時間労働の具体例を紹介します。
出来事の類型「⑤パワーハラスメント」では、以下のような場合、心理的負荷の強度が「強」と判断されると記載されています。
特別な出来事(心理的負荷の総合評価を「強」とするもの)に該当する極度の長時間労働の基準は、以下のようになっています。
発病直前の1か月におおむね160時間を超えるような、又はこれに満たない期間にこれと同程度の(例えば3週間におおむね120時間以上の)時間外労働を行った
出来事の類型「③仕事の量・質 1か月に80時間以上の時間外労働を行った」では、以下のような場合、心理的負荷の強度が「強」と判断されると記載されています。
長時間労働などの過重な労働、過酷な労働により脳血管疾患又は心臓疾患を発症する場合も労災が問題になります。
脳血管疾患・心臓疾患の発症による疾患、障害及び死亡が労災保険の対象となるためには、業務起因性が必要となります。
ここで、脳血管疾患・心臓疾患は、基礎疾病、加齢、生活習慣など様々な要因が重なりあって発症するためどのような場合に業務起因性が認められるか厚生労働省は認定基準を策定しています。
「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」(令和3年9月14日基発0914第1号)
認定基準で取り扱われる対象疾病は以下の通りです。
脳内出血(脳出血)、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症
心筋梗塞、狭心症、心停止(心臓性突然死を含む。)、重篤な心不全、大動脈解離
そして、下記の(1)、(2)又は(3)の業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患は、業務に起因する疾病として取り扱われます。
(1)発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務(以下「長期間の過重業務」という。)に就労したこと。
(2)発症に近接した時期において、特に過重な業務(以下「短期間の過重業務」という。)に就労したこと。
(3)発症直前から前日までの間において、発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事(以下「異常な出来事」という。)に遭遇したこと。
(1)の発症前の長期間とは、発症前おおむね6か月間とされています。
また、労働時間と業務と発症の関連性については以下のように記載されており、発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月ないし6か月にわたって1か月あたりおおむね80時間を超える時間外労働が目安となります。(いわゆる過労死基準)
①発症前1か月間ないし6か月間にわたって1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性が弱いが、おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること。
②発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて判断すること。
勤務医の皆様に是非知っておいてほしい法改正がありましたのでご紹介します。
労働者災害補償保険法の改正により、2020年9月1日以降に発生した病気や怪我について、複数の事業場で働いている労働者の方への労災保険給付について変更がありました。
これまでは、複数の会社で働いている労働者の方について、働いているすべての会社の賃金額を基に保険給付が行われないこと、すべての会社の業務上の負荷(労働時間やストレス等)を合わせて評価して労災認定されないという問題がありました。
勤務医のドクターは、複数の病院で勤務されている方も少なくないですが、例えばA病院とB病院の2つの病院で勤務している場合、法改正前までは、労災の認定においては、A病院での負荷、B病院での長時間労働などの負荷を別個に判断して労災の支給・不支給を決定していました。そのため、A病院とB病院の負荷を合算して評価すれば、労災認定基準を満たしているのに労災の補償がなされないという不都合がありました。
法改正により、勤務先毎の負荷を個別に評価した場合に労災認定できない場合でも、全ての勤務先の負荷を総合的に判断することで労災の認定される余地が広がりました。
複数の医療機関で勤務することの多い勤務医のドクターにとって、労災認定で全ての医療機関での業務上の負荷が合わせて評価されることの影響は少なくないと思います。
「複数事業労働者への労災保険給付わかりやすい解説」厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署より引用
また、法改正により、各就業先の事業場で支払われている賃金額を合算した額を基礎として給付基礎日額(保険給付の算定基礎となる日額)が決定されるようになったため、複数の就業先がある労働者にとって、労災認定だけでなく、給付の内容もより手厚くなりました。
「複数事業労働者への労災保険給付わかりやすい解説」厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署より引用
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いかがでしたか。労災といえば、業務中の事故や怪我がイメージされると思います。長時間労働やパワハラによる精神疾患、長時間労働等による脳・心臓疾患の発症も労災となる場合があります
また、2020年に複数医療機関で勤務するドクターの皆様にとって有利に働く内容の法改正が行われましたので是非、知っておいていただければと思います。
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