勤務医が最低限押さえておきたい労務のポイントまとめ【荒木弁護士解説】
今回の記事では、勤務医として働くうえで知っておきたい労務のポイントについて解説したいと思います。
医師の皆様は、研修医から医師としてのキャリアをスタートしますので、最初は、ほぼ全員が勤務医、すなわち労働者の立場となります。
2024年4月から始まった医師の働き方改革の内容について押さえている方も多いと思いますが、労働者として働くうえで、労働基準法をはじめとする基本的な法律の知識は知っておいて損はないと思いますし、自分の身を守るうえでも重要です。
また、将来開業する際にも、今度は法律を遵守する側として労働基準法の知識が役立ちます。勤務医のうちから早めに知っておくと自身の雇用契約の内容や職場の就業規則の内容について注意が向くようになり、将来自分が作成する側になった際にもポイントを押さえやすくなります。
労働基準法という法律の名称は、聞いたことがあると思います。この労働基準法は、労働条件に関する最低基準が定められています。(労働基準法1条2項)
そのため、労働基準法を上回る労働条件を定めることは有効で労働基準法を上回る労働条件が適用されますが、労働基準法を下回る労働条件を就業規則や雇用契約書で定めても無効となり、労働基準法が定める最低基準が適用されます。
例えば、非常勤医師であっても、6か月以上の継続勤務と8割以上の出勤という条件を満たせば、常勤よりも日数は少ないものの年次有給休暇が法律上付与されます。(労働基準法39条)
もし外勤先で、非常勤医師には一律年次有給休暇を付与しないという扱いをしていたとしても、その勤務条件は無効になり、労働基準法39条が定める有給休暇に関する規定が適用されます。
年次有給休暇の詳細については、「~有給取得は計画的に~勤務医の有給休暇に関するルールとQ&A【荒木弁護士解説】」を参照ください。
労働基準法で定められている1日又は1週間の最長の労働時間のことを、法定労働時間といいます。
法定労働時間の原則は、1日あたり8時間、1週間あたり40時間です。(労働基準法32条)
そのため、例えば、朝8時30分始業、休憩時間1時間の場合、法定労働時間の8時間働いた場合の終業時刻は17時30分となります。
(労働時間)
第32条 使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。
②使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。
病院の場合、看護師の場合は日勤と夜勤の2交代制が取られている場合では、特に夜間の勤務については1回の勤務が8時間を超える場合があります。勤務医の場合でも一部の科では交代制勤務が採用されている場合があります。
夜勤など1回の勤務について8時間を超える勤務時間を導入する場合、変形労働時間制を採用することになります。
変形労働時間とは、労使協定または就業規則等で規定することにより、一定期間を平均し、1週間当たりの労働時間が法定の労働時間を超えない範囲内において、特定の日又は週に法定労働時間を超えて労働させることができる制度です。(労働基準法32条の1、同法32条の4、同法32条の5)
似た用語で、雇用契約において定められた労働者が働く義務を負う時間のことを、所定労働時間といいます。
例えば、図1のように、始業時刻が8時30分、休憩時間1時間、終業時刻が17時00分の場合、所定労働時間は7時間30分となります。
使用者が労働者に対して、法定労働時間を超えた労働(法定時間外労働)または休日労働や休日労働を行わせるためには、労使の間で労使協定を締結して、労基署へ届け出ることが必要です。この労使協定のことを36(サブロク)協定といいます。36(サブロク)協定と呼ばれるのは、労働基準法36条に根拠があるためです。
(時間外及び休日の労働)
第36条 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、厚生労働省令で定めるところによりこれを行政官庁に届け出た場合においては、第三十二条から第三十二条の五まで若しくは第四十条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この条において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。
時間外労働の内容と割増率は、以下のとおりです。(労働基準法37条参照)
| 時間外労働の内容 | 割増率 |
|---|---|
| 法内残業(法定内残業) | 割増無し |
| 法定時間外労働 | 1.25倍以上(月60時間を超えた分は1.5倍以上) |
| 法定休日労働 | 1.35倍以上 |
| 深夜労働(22時から5時) | 1.25倍以上 |
| 時間外労働+深夜労働 | 1.5倍以上(月60時間を超えた分は、1.75倍以上) |
| 法定休日労働+深夜労働 | 1.6倍以上 |
特に病院の勤務医の場合、当直、オンコール、自己研鑽など勤務医特有の労働問題があるためポイントを絞って解説します。
病院の勤務医の場合、日勤、当直、日勤という一連の勤務で院内の連続滞在時間が30時間を超えることも珍しくありません。
また、平日の日勤の勤務に加えて、土日祝日に日直や当直の勤務をする病院勤務医も少なく無いと思います。
2(2)で、法定労働時間は1日8時間、週40時間であると説明しました。そうすると、上記の勤務医のような働き方をすると法定労働時間の上限を超えてしまうため、日勤の後に宿直(当直)勤務を行ったり、休日の昼間に日直勤務を行ったりできないようにも思えます。
しかしながら、当直(宿直)勤務や日直勤務について労働基準監督署長の宿日直許可を取得した場合には、時間外労働等の規制の対象となる労働時間にカウントされないということが法律に規定されています。(労働基準法第41条3号、労働基準法施行規則第23条)
そして、このように当直(宿直)や休日の昼間に行われる日直は、労働基準監督署長の宿日直許可を得る必要がありますが、その勤務の態様は、常態としてほとんど労働する必要のない勤務であり、宿直の場合には夜間に十分な睡眠が確保されることを要します。(昭和22年9月13日付発基第17号)(令和元年7月1日付基発0701第8号)
分かりやすく言うならば、当直(宿直)の場合は、少なくとも「寝当直」である必要があります。
宿日直勤務について労働基準監督署長の宿日直許可を得ていなかったり、宿日直許可を得ていても実態として通常の勤務(日勤)と同態様の勤務が常態化しているような場合は、宿日直勤務の全時間が時間外労働の規制の対象となる労働時間にカウントされます。
そのため、宿日直許可を取得していない場合や取得していても実態が業務で忙しいような場合には、時間外労働について、2(3)で説明した所定の割増率を掛けた時間外手当の支払が必要となります。
勤務医の特有の労働問題としてオンコール当番制度が挙げられます。
オンコール当番については、法律上の定義は無いため、その内容や手当の有無については、医療機関が独自に定めています。オンコール待機手当が支払われている病院もあると思いますが、宿日直手当のように法律により最低限の基準等の定めはなく、病院が独自に定めています。
では、オンコール待機時間が労働時間に該当するか否かですが、まず、オンコール当番の際に実際に呼出しを受けて院内で診療に従事した時間や電話で応答した時間といった実際に業務に従事した時間は労働時間となりますが、オンコール当番の待機時間が労働時間になるか否かについてはケースバイケースです。
なお、筆者が知る限り勤務医のオンコール当番について待機時間を含めてその全体が労働時間と認定された裁判例はありません。
訪問看護師のケースにおいて、自宅での待機時間を含めて労働時間と認定された裁判例はあります。(アルデバラン事件/横浜地裁令和3年2月18日判決/労働判例1270号32頁)
医師のオンコールの労働時間該当性については、「医師のオンコールは労働時間にならない?法的観点から徹底解説【荒木弁護士解説】」をご参照ください。
医師は、知識の習得や技術の向上のため日々研鑽を積まれていることと思います。勤務医が院内で行う研鑽は、労働時間になる場合と労働時間にならない場合があります。
まず、所定労働時間内に院内で行う自己研鑽は、当然に労働時間となります。
研鑽が労働時間になるか否かが問題になるのは、研鑽が時間外に行われた場合です。医師の研鑽が労働時間に当たるか否かは、厚労省の通達「医師の研鑽に係る労働時間に関する考え方について」(令和元年7月1日付け基発0701第9号)にて基準が示されています。
この通達によれば、所定労働時間外に行う自己研鑽は、上司の指示が無くかつ診療等の本来業務との関連性が無い場合には労働時間となりません。
医師の自己研鑽については、「手術の見学は自己研鑽?医師の自己研鑽と労働時間の線引きとは【荒木弁護士解説】」で詳しく解説しています。
期間の定めが無い雇用契約の場合(無期雇用の場合)は、理由を問わず、いつでも退職することが可能です。雇用契約書の期間の欄に「期間の定めなし」と書かれていることが一般的です。この場合、原則として退職希望日の2週間前までに申し出ることにより退職することができます。(民法627条1項)
法的には、退職の意思表示は、口頭でも有効ですが、トラブル防止のために「退職届」「退職願」などの書面を提出することが一般的です。
なお、いったん「退職届」を提出すると、まず撤回できないため退職の意思表示は慎重にして下さい。また、「退職願」についても、使用者が退職を承諾した場合は撤回できないと考えられているほか、承諾する前であっても退職願を撤回することは、同様にトラブルを招く恐れがあるため、慎重に行う必要があります。
また、退職届や退職願は、原則として1部ずつ保管する雇用契約書と異なり、提出すると手元に残りません。重要な書類ですので、提出する前にコピーや写真を撮って控えを取っておくことをお勧めします。
期間の定めがある雇用契約(有期雇用)の場合は、雇用契約で定められた期間働く義務を負うのが原則です。この場合、雇用契約書の期間の欄には、具体的な期間が書かれていることが一般的です。この場合でも、やむを得ない事由があるときは退職することができます。(民法628条)
時期を入職時、在職時及び退職時に分類すると退職時のトラブルが多いと感じています。
特に医師の場合は、他職種よりも後任の確保が難しいため強い引き留めに遭うこともあります。
もし退職の引き留めで勤務の引き伸ばしに応じた場合、(1)で説明した無期雇用の場合に2週間で退職できるという規定にかかわらず、一旦退職日を合意してしまうと、原則として合意した日まで勤務することになるため注意が必要です。
また、退職時に合意書や覚書などの書面にサインを要求されることがあります。このような合意書等は、医療機関に有利な内容が記載されていることが多いため、内容を慎重に吟味することが重要です。
多いのが特に雇われ院長の場合、開業や競合する診療科で勤務することを制限する競業避止義務が定められることがあります。退職後に競合する診療科で開業や勤務する可能性がある場合には特に注意して確認することが重要です。
また、退職の理由が退職勧奨による場合や、ハラスメントや過労等によりやむを得ず退職する場合などに合意書等にサインを求められる場合にも慎重な対応が必要です。
退職トラブルに関しては「法律面で見る勤務医の退職トラブル【荒木弁護士解説】」をご参照ください。
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2024年4月から医師の働き方改革が開始されるなど、医師の労働者としての側面にスポットライトが当たるようになってきています。
しかし、「宿日直許可やツールを導入して体裁を整えたが、実際は医師の勤務の改善に繋がっていない」など、実態が伴わないケースも考えられます。
医師が労働者として身を守るためにも、上記のような法律面の知識を最低限押さえておくことをおすすめします。
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