意に沿わない医局人事は拒否できる?法的観点でみる医局人事【荒木弁護士解説】

この記事をお読みいただいている医師の皆さまは医局に所属した経験はありますか。また、医局はどのような存在でしょうか。
医師転職研究所が実施した医師1580人に対するアンケート調査結果では、現在大学の医局に所属している医師の割合は46%、これまでに一度も医局に所属したことの無い医師の割合は11%に留まり、約89%の医師は一度は医局に所属したことがあるという結果になっており、大半の医師が一度は医局に所属する状況になっています。
この記事をお読み頂いている医師の皆さまの多くは、一度は医局に所属した経験があるのではないでしょうか。
医局に所属する医師にとっての大きな関心事の1つは、やはり医局人事だと思います。
そこで今回は、医師の労働問題とは切っても切り離せない医局人事について、労働法的観点から解説したいと思います。
まず「医局」とは、どのような組織でしょうか。
医局について、榛原町立榛原総合病院事件(奈良地裁 平成9年12月24日判決)では以下のように定義しています。
医局とは、大学医学部の講座に対応して存在する医師の団体であり、大学の附属病院などの右講座に対応する診療科では、医局の場において教育、研究、診療等が行われている。医局の最高責任者は教授であり、その下で医局長が実務的な運営を行っている。
更に同裁判例では、医局人事について、「医局に関連する病院に医局に所属する医師(医局員)を推薦」することと定義しています。
すなわち、医局人事は、法的には、関連病院に医局員である医師を推薦するという役割にとどまるという点が着目すべき点になります。
そして、雇用契約は、医局員本人と関連病院との間で締結されるのが特徴で、医局は雇用契約の当事者にはなりません。医局員が大学の附属病院で勤務する場合の雇用契約も学校法人である大学と医局員との間で締結されるため、大学病院で勤務する場合も医局は雇用契約の当事者にはなりません。
医局人事は医局が大学附属病院や関連病院に対して医師を推薦するという体裁を取り、雇用契約自体は大学や関連病院と医局員との間で締結されるとしても、関連病院は通常の採用プロセスを経ることなく医局から推薦された医師を採用し、医局員は医局に推薦された病院での採用が決定して勤務を開始するという点において、事実上医局が医局員の勤務先を決定するという大きな影響力を持っていると評価できると思います。
一見すると企業における転勤と似ていますが、決定的に異なるのは医局人事では勤務する病院、すなわち雇用主が変わるという点です。企業における転勤の場合は基本的に雇用主は同一で雇用契約が継続しますが、医局人事による異動の場合は、現在の病院を退職して、次に勤務する病院と新たに雇用契約を締結するということになります。
医局人事は、法律で禁止されている労働者供給事業に当たるのではないかと疑問に感じる方もいらっしゃると思います。
厚労省は、通達「いわゆる『医局による医師の派遣』と職業安定法との関係について」(職発第1004004号平成14年10月4日)において、医局長等が大学病院に勤務する(勤務していた)医師に対し、関連病院を紹介し、当該医師が医局長等からの指示・命令により関連病院に就職することは、支配従属関係の下で就職先のあっせんを行ったとみなされる疑いが強く、反復継続的に遂行している場合には、職業安定法上禁止されている労働者供給事業に該当する恐れがあるとされています。(職業安定法4条8項、44条)
「労働者供給」とは、「供給契約に基づいて労働者を他人の指揮命令を受けて労働に従事させること」を意味します。(職業安定法4条8項)
そのため、医局人事が労働者供給事業に該当しないようにするためには、医局員が医局からの指示・命令ではなく、医局員の自由意思に基づいて関連病院に就職するという点がポイントとなります。
そもそも、医局人事は拒否できるのかと考える医師も多いと思います。労働者供給事業に該当すると違法になるため、医局人事による関連病院への就職は、医局が医局員に対して関連病院を紹介し、医局員の自由な意思に基づいて関連病院に就職していると整理されるのです。
このように医局人事が医局員の病院への入職・退職に深く関わっている以上、医局人事に付随した医局員と附属病院や関連病院との間の労働問題も生じます。
ここからは、医局人事に関連して法的紛争になった医局員と病院との間の裁判例をご紹介したいと思います。
医局を退局後も医師本人の意思に反して関連病院を退職させることができるのかどうかが問題になった裁判例をご紹介します。
県立医大の内科学第一教室の医局に所属していた原告の医師は、いわゆる医局人事により榛原町技術吏員として採用され町立病院の内科の医師として勤務していました。その後、原告の医師は医局長に対して医局を辞める旨を伝え、医局長と教授から退局を思いとどまるよう説得されたものの翻意することはありませんでした。
また、医局長は原告の医師に対し医局人事により就職した町立病院を退職するように申し入れたものの、原告は町立病院を退職する意思は無いとこれに応じませんでした。
要は、医局は辞めたいけれども、医局人事により入職した病院は辞めたくないというケースです。
医局の教授は、原告に対して、町立病院を退職して県立医大非常勤医員への転勤を命じると共に、町長に対して原告が町立病院を辞し他病院へ任命する予定である旨の書面を送付しました。
これを受けて、町長は原告に対して辞職承認処分をしたところ、原告は、これを不服として、辞職承認処分の取消し等を求めて訴訟を提起しました。
判決文では、「医局の人事異動」については、「医局が医局員を派遣すべき病院を推薦し、医局員が右推薦に従い、関連病院との間で雇用契約を結んだり、関連病院の設置管理者である地方公共団体との間で公務員として採用されたりしている慣例を指すに過ぎないものである。」と判示しました。
更に判決文では、一旦公務員として採用された後、医局が医局員に対して別の勤務先等を推薦しあるいは指示したといって、公務員としての地位は失われたりする筋合いのものではないと判示しました。
すなわち、医局人事が契機であったとしても一旦、関連病院において採用した以上、その後の医局人事により当然にその地位は失われるものでは無いと判示されています。
続いては、医局への内定が大学との雇用契約の内定にあたるかどうかが問題となった裁判例を紹介します。
原告となった医師は、ある大学の整形外科医局へ内定したものの最終的に入局を拒否されたため、大学に対して雇用契約上の地位にあることの確認を求める訴訟を提起しました。
原告は、医局は、実質的に大学の職員の雇用を決定し、少なくとも強い影響力を有している団体であり、医局は大学と一体であり、大学の一部門であり、勤務する予定の関連病院が記載された人事表を交付されたことなどを理由に、医局への内定は大学との雇用契約の内定に当たると主張しました。
裁判所は、医局は、会員相互の親睦をはかり、〇〇大整形外科の発展に資することを目的とする私的団体であり、大学は組織図上医局を大学の一部門と位置づけていないと認定しました。
そのうえで、人事表の交付は医局が関連病院の任命権者でない以上、あっせんする就職先を提示したに過ぎず、医局が行っていることはあくまでも就職の仲介、あっせんにとどまるものであると判示しています。
以上より、医局が大学と一体であって大学の一部門と認めることはできず、医局への内定が大学との雇用契約の内定に当たるとはいえないと判断しています。
原告の医師は、被告大学の整形外科助教として勤務していたところ、医局の教授から他の関連病院に移籍するように度重なる退職勧奨を受け、やむなく被告大学を退職して関連病院に移籍しました。
原告には、被告大学から自己都合退職を前提とする退職金が支払われましたが、原告は退職勧奨を受けてやむを得ず退職したのであるから退職勧奨による退職を前提とする退職金の支払を求めて被告大学を提訴しました。
被告大学が原告に対して支払った自己都合退職を前提とする退職金は約360万円であり、原告が被告大学に対して支払を求めた退職勧奨による退職の退職金との差額は約200万円でした。
裁判所は、退職勧奨による退職の場合に自己都合退職の場合より退職金が増額されるのは、労働者があらかじめ次の勤務先を確保できないなどの労働者の経済的な事情を考慮したことによるとの理由を示しました。
そのうえで、医局が医師の育成と医師の供給を担っているという医局の役割を示したうえで、特定の施設や病院に所属し続けるのではなく、外部の関連病院に異動することも当然に予定されているとしました。
被告の医局に所属する者が400名で関連病院の数が80であること、医局が地域医療への貢献を担っていることに照らせば、全ての医局員の意に沿った人事異動は不可能であり、意に沿わない人事異動が行われることも当然に想定されており、医局に所属する者も当然に認識していることであるとしました。
そのうえで、医局に所属して医局人事を利用して異動するか否かは自由な意思に委ねられる以上、医局人事に従って退職する場合には自己都合退職として扱うのが相当であると判示しました。
上記の判例を見ても、医局との関係は雇用関係と同様には扱われず、医局人事による異動については医師本人の自由な意思が前提となっていると考えられます。意に沿わない人事は法的には自由に断ることができ、強制力はないということは知っておいて損はないと思います。
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