手術の見学は自己研鑽?医師の自己研鑽と労働時間の線引きとは【荒木弁護士解説】
2024年4月から医師の働き方改革がいよいよ始まりました。勤務医の皆さまは、病院での働き方に変化はありましたか?院内での自己研鑽の取扱いは、どのようなルールになっていますか?
2024年4月から勤務医の時間外労働・休日労働の上限は原則として年間960時間以内に制限されます。医師の働き方改革の内容の詳細は「医師の働き方改革、勤務医のアルバイトへの影響と注意点は?」の中で詳しく解説していますのでご覧ください。
医師の働き方改革の議論の中で、医師の自己研鑽が注目されるようになりました。医師の皆さまは、診療行為にとどまらず、新しい知識や手技の習得、更には研究活動など技術の向上や知識の習得のために日々研鑽を積まれていると思います。
今までは、院内で行う診療以外の行為について自己研鑽にあたるか意識することはほとんど無かったのではないでしょうか。
働き方改革で自己研鑽が着目されるようになったのは、時間外労働の上限規制に抵触するおそれがある大学病院や市中病院の勤務医について、院内に滞在する時間全てを労働時間としてカウントすると時間外労働の上限を超えてしまうため、院内に滞在する時間のうち労働時間に当たるものと当たらないものの線引きが重要になりました。
そこで、労働時間に当たらないものとして、自己研鑽が着目されたのです。
まずはじめに、医師の自己研鑽の労働時間該当性の基準を示した厚労省の通達「医師の研鑽に係る労働時間に関する考え方について」(令和元年7月1日付け基発0701第9号)を紹介します。
まず、誤解されがちなのが、所定労働時間内に院内で行う自己研鑽は当然に労働時間となるという点です。
仮に医師が自ら希望して所定労働時間内に手術の見学を行った場合は、後述する業務との関連性や上司の指示の有無を検討するまでもなく、当然に労働時間になります。所定労働時間内というのは、始業時刻から終業時刻までの間で、休憩時間を除いた時間になります。
所定労働時間とは、図1で示した、オレンジ色の箇所になります。このオレンジ色で示した時間に院内で行った研鑽は、個別の検討を要するまでもなく、当然に労働時間となります。
先ほどご紹介した厚労省の通達では、所定労働時間外(図1の水色の箇所)に医師が行う自己研鑽が労働時間となるかどうかについては、以下のように基準を示しています。
所定労働時間外に行う医師の研鑽は、診療等の本来業務と直接の関連性なく、かつ、業務の遂行を指揮命令する職務上の地位にある者(以下「上司」という。)の明示・黙示の指示によらずに行われる限り、在院して行う場合であっても、一般的に労働時間に該当しない。
他方、当該研鑽が、上司の明示・黙示の指示により行われるものである場合には、これが所定労働時間外に行われるものであっても、又は診療等1 の本来業務との直接の関連性なく行われるものであっても、一般的に労働時間に該当するものである 。
文章で示されても、なかなかイメージすることが難しいと思います。通達に記載されている自己研鑽が労働時間となる場合の線引きについて、図にすると以下のとおりです(図2)。
右下の水色の箇所、診療等の本来業務との関連性がなく、かつ、上司の明示・黙示の指示がない場合には、労働時間とならないという基準が示されています。
逆にいえば、オレンジ色の部分、上司の明示・黙示の指示がある場合、診療等の本来業務との関連性がある場合、そしてこれらの両方がある場合は、労働時間となることが示されています。
厚労省の通達では、診療等の本来業務との関連性がある場合には労働時間となるということが示されていることを説明しましたが、「診療等の本来業務」とは、具体的にどのような業務を意味するのでしょうか。
令和元年7月の厚労省の通達では、本来業務として例示されたのは「診療」でした。そのためか、大学病院であっても、所定労働時間外に行う教育・研究業務を労働時間では無く無給として扱っているという報道が2023年11月にありました。
その後、厚労省より発令された令和6年1月15日付け基監発 0115 第2号 「医師等の宿日直許可基準及び医師の研鑽に係る労働時間に関する考え方についての運用に当たっての留意事項について」の一部改正についてという通達では、大学の附属病院等に勤務する医師の研鑽についての取扱いが明確化されました。
大学の附属病院に勤務し、教育・研究を本来業務に含む医師は、新しい治療法や新薬の勉強、学会への参加・発表準備、論文執筆等の研鑽を一般的に本来業務として行っているため、「同通達中の『診療等その本来業務』及び『診療等の本来業務』の『等』に、本来業務として行う教育・研究が含まれる」ことが明示されました。
すなわち、大学病院に勤務する医師については、診療業務に加えて、研究、教育業務も本来業務とされ、本来業務である診療・研究・教育に関連性がある場合には、労働時間となります。
大学の附属病院に勤務する医師の場合の時間外の自己研鑽が労働時間に当たるかの表は、次の表のとおりです(図3)。
厚労省の通達で示された研鑽の個別の類型毎の労働時間該当性について表にして整理しました。
| 研鑽の類型 | 研鑽の内容 | 労働時間に該当する場合 | 労働時間に該当しない場合 |
|---|---|---|---|
| 一般診療における新たな知識、技能の習得のための学習 | ・診療ガイドラインについての勉強・新しい治療法や新薬についての勉強・自らが術者等である手術や処置等についての予習や振り返り・シミュレーターを用いた手技の練習 | 診療の準備又は診療に伴う後処理として不可欠なもの | 業務上必須ではない行為を、自由な意思に基づき、所定労働時間外に、自ら申し出て、上司の明示・黙示による指示なく行う時間 |
| 博士の学位を取得するための研究及び論文作成や、専門医を取得するための症例研究や論文作成 | ・学会や外部の勉強会への参加・発表準備 ・院内勉強会への参加・発表準備 ・本来業務とは区別された臨床研究に係る診療データの整理・症例報告の作成・論文執筆大学院の受験勉強、専門医の取得や更新に係る症例報告作成・講習会受講 |
・研鑽の不実施について就業規則上の制裁等の不利益が課されているため、その実施を余儀なくされている場合 ・研鑽が業務上必須である場合 ・業務上必須でなくとも上司が明示・黙示の指示をして行わせる場合 |
上司や先輩である医師から論文作成等を奨励されている等の事情があっても、業務上必須ではない行為を、自由な意思に基づき、所定労働時間外に、自ら申し出て、上司の明示・黙示による指示なく行う時間 |
| 手技を向上させるための手術の見学 | ・手術・処置等の見学の機会の確保や症例経験を蓄積するために所定労働時間外に見学を行うこと・見学には、見学の延長上で診療や診療の補助を行うことを含む | ・見学中に診療を行った場合の診療時間 ・見学中に診療を行うことが慣習化、常態化している場合については、見学の時間全てが労働時間となる |
上司や先輩である医師から奨励されている等の事情があったとしても、業務上必須ではない見学を、自由な意思に基づき、所定労働時間外に、自ら申し出て、上司の明示・黙示による指示なく行う場合、見学やそのための待機時間 |
最後に自己研鑽が労働時間となるか否かが問題となった裁判例をご紹介します。
冒頭に述べたとおり、これまで院内での研鑽が労働時間にあたるか、医療機関も医師側も意識せず、ほとんど議論されてこなかったのが実情だと思います。
そのため、筆者が知る限り、勤務医の院内外での自己研鑽等の活動が労働時間に該当するかが争いとなり正面から議論されて判決に至ったのは、ご紹介する長崎地裁の心臓血管内科医の医師に関する判決のみです。
市立病院に勤務していた30代前半の心臓血管内科医が内因性心臓死により死亡したことについて、遺族らが過重労働等の安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求等をした事件です。
心臓血管内科医が時間外に行っていた様々な業務が労働時間に該当するかが争点になりました。
自主的に行ったカテーテル治療の見学について、所定労働時間外に行われたものについては、労働時間に該当しない。
上司から指示されて講義の担当や発表の担当を断ることが困難であった状況がある場合や、当該業務が通常業務との関連性がある場合には、準備や採点等に要する時間も含めて労働時間に該当する。
抄読会は、英語の論文の要旨を発表するというもので、心臓血管内科における症例についての検討等を内容とする救命士勉強会及び症例検討会と比較すると、自主的な研さんの色合いが強かったと推認されるから、抄読会の準備時間が労働時間に該当するとはいえない。※なお、抄読会は、所定労働時間内に行われていたので労働時間とされています。
上司が提案して参加した経緯があるが、学会への参加は自主的研さんの範疇に入るものといえ、学会への参加やその準備に要した時間は労働時間とはいえない。
自身の担当する患者の疾患や治療方法に関する文献の調査は労働時間に該当する。自身の専門分野やこれに関係する分野に係る疾患や治療方法に関する文献調査は労働時間に該当しない。
いかがでしたでしょうか。今回の記事では、医師の働き方改革で注目されている自己研鑽について解説しました。
この記事をご覧いただいている勤務医の皆さんが勤務する病院での自己研鑽の取扱いのルールはどのようになっていますか?記事内で紹介した厚労省の通達の内容に沿っていますか?
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