医師は休憩時間を取れていない?休憩に関する法的ルールと勤務医の裁判例【荒木弁護士解説】

勤務医の皆様は、お昼休みは取得できていますか?
お昼休みといっても急いで食事が取れる時間が何とか確保できればよい方で、診療やオペなどで忙しく食事をとる時間も無いという方も少なくないのではないでしょうか。
今回の記事では、法律上付与することが義務付けられている休憩時間について解説いたします。
はじめに、労働基準法で定められている休憩時間のルールについて解説いたします。
労働基準法では、使用者は労働時間が6時間を超え8時間以内の場合には少なくとも
45分、8時間を超える場合には少なくとも1時間の休憩を、労働時間の途中に付与し
なければならないと定められています。(労働基準法34条1項)
もちろん、勤務医も労働者ですので、勤務医に対しても医療機関は休憩を付与する必要があります。
なお、8時間を超える勤務の場合には、仮に連続24時間といった長時間の勤務の場合であっても、休憩時間として十分かという問題はさておき、法律上は1時間の休憩時間を付与することが求められているに過ぎません。(「詳解 労働法」第2版 水町勇一郎著676頁参照)
休憩は、労働者に対して一斉に付与するのが原則です。(労働基準法34条2項本文)
なお、病院やクリニックなどの医療機関が該当する保健衛生の事業については、事業の性質上、一斉付与が困難な事業として、休憩時間を一斉に付与しなくても良いとされています。(労働基準法40条、労働基準法施行規則31条)
医療機関は、同じタイミングで一斉に休憩時間を付与する必要が無いとされているだけで、医療機関であっても交代制にするなどして休憩時間自体は付与する必要があります。
使用者は、休憩時間を労働者に自由に利用させることが必要です。(労働基準法34条3項)言い換えれば、休憩時間は、労働から完全に解放されていることが必要になります。
そのため、休憩時間中に、労働者に対して客待ちや電話番などをさせた場合は、休憩時間に該当しなくなると共に、これらの時間は労働基準法上の労働時間に該当することになります。
オフィスや店舗などの事業所のように勤務医が固定電話の前で電話番をすることは想定しづらいですが、特に病院に務める勤務医の多くは、1人1台院内連絡用のPHSやスマートフォンを携帯しているという特徴があります。
この勤務医がPHSを常時携帯しているという事情が後ほど紹介する裁判例でもポイントになりました。
労働時間が6時間を超え8時間以内の場合には少なくとも45分、8時間を超える場合には少なくとも1時間の休憩を労働時間の途中に付与しなければならないことは、(1)で説明した通りです。
勤務医の場合も雇用契約書や就業規則には休憩時間について記載されているはずです。雇用契約書などで、8時30分から17時30分までの勤務で1時間の休憩時間が定められていた場合、元々予定されている労働時間は8時間です。
しかしながら、業務が忙しく、1時間の休憩時間が取得できず、8時30分から17時30分までずっと働きっぱなしであった場合は、元々の労働時間8時間に休憩時間の1時間をプラスした9時間働いたことになります。この場合、1時間分の残業代を別途支払う必要があります。
例えば、朝から始まった手術が夕方まで続き休憩が取得できなかったというケースもあると思います。この場合は、休憩時間は0分となり、雇用契約書や就業規則に休憩時間と定められている時間は、労働時間となります。
最後に、勤務医の休憩時間が争点になった裁判例を2つご紹介したいと思います。
この裁判では、心臓血管内科医が昼休憩を取得できていたかどうかが争点になりました。
病院の規定では、正午から午後1時までの1時間が昼休憩と定められていましたが、医師側は、日勤や日直時の昼休憩の時間も食事をとる時間のみしか確保できず昼休憩をとることができないことも多くあったと主張しました。
裁判所は、心臓血管内科医らは、正午から午後1時までの昼休憩の時間においても、急変患者の対応など、その時々の必要に応じて業務に従事することがあり、昼休憩の時間中には10分ないし15分程度の食事時間を取ることしかできず、場合によっては、食事を取る時間もなかったと認められることに照らせば、当該心臓血管内科医の平日の昼休憩の時間は15分であったとして時間外労働時間を算定するのが相当であると判示しました。
勤務医にとっては、昼休憩が取れた=食事が取れたという認識の方も少なく無いと思います。昼休みの1時間を丸々自由に過ごすことができるという方は少ないのでは無いでしょうか。この裁判例でも、1時間設けられていた昼休憩の時間中は、実際は10分ないし15分程度の食事時間しか取ることができず、食事を取ることができないこともあったと認定されています。
この裁判例では、元々定められていた1時間の昼休憩のうち実際の休憩時間は15分と認定されたため残りの45分間は労働時間と認定されています。すなわち、この休憩が取得出来なかった45分間については医療機関は別途時間外手当を支払う必要があります。
1日45分間といっても月単位では何十時間、年単位では何百時間にもなり、昼休みが取得できているか、取得できなかった場合に別途時間外手当が支払われているか、積み重なればその違いは大きいと思います。
新生児科の医師が病院を運営する法人に対して未払の残業代等を請求した事件です。
原告となった新生児科の医師は、出勤して病院内にいる間は、食事中や仮眠中であっても、院内連絡用の携帯電話を常に携帯し、架電を受けた場合には速やかに対応し、分娩立会いや赤ちゃんの病状の変化の報告にもすぐに対応しなければならなかったと主張しました。
加えて、医師に連絡をする側は、連絡を受ける医師の状態を確認することなく架電する状況にあり、そのため、医師は院内にいる間は労働から解放されず、常に待機状態にあり、休憩時間は0分とすべきであると主張しました。
裁判所は、病院新生児科の医師は、出勤してから退勤するまでの間、院内連絡用の携帯電話を常に携帯して連絡がとれる状態を維持しており、連絡があった場合には必要な対応を行うこととされている上、医師が必要な休憩時間を取得するための上記携帯電話による連絡のルール等も定められていなかったことからすれば、労働から解放されていたことが証拠上明らかであると認められない限り、出勤してから退勤するまでの全ての時間を労働時間と解するのが相当であると判示し、休憩時間は0分であると認定し、病院が休憩時間として定めた時間分の時間外手当を別途支払うべきであると命じました。
病院に勤務するドクターの多くは、この裁判例の新生児科の医師のように、院内連絡用のPHSやスマートフォンを常時携帯し、着信があれば即座に応答して必要な対応を取っているのではないでしょうか。
ポイント③で説明した通り、労働基準法上の休憩時間は、労働から完全に解放されていることが必要になります。
この裁判例の新生児科の医師のように院内にいるときは、常に携帯電話を携帯して連絡が取れる状態を維持し、連絡があれば速やかに対応をしている状況下では、労働から解放されているとはいえず休憩時間として認められないということになります。
休憩時間として認められないということは、当該時間は労働時間となり、休憩が取得できなかった時間については別途時間外手当の支払が必要ということになります。
私が代理人を務めた裁判においても形成外科の医師について以下のように裁判所が判示し、休憩時間は0分であり雇用契約で定められていた1時間の休憩時間は全て労働時間であると認定されました。(医療法人社団誠馨会事件 千葉地裁令和5年2月22日判決)
形成外科の医師は、出勤してから退勤するまで院内連絡用PHSを所持し、原則としていつでも看護師等からの電話を受けられるように、同PHSの圏内にいる必要があり、同PHSの連絡について、医師の休憩時間中には連絡しないなどの決まりもなかったと認められる。原告となった医師も、本件病院に出勤してから退勤するまで、時間を問わず、看護師からのPHSによる連絡を受け医師としての一定の対応をすることが要求されており、またそのような対応を実際にしていたと推認できると判示し、本件病院に出勤してから退勤するまでの間、常に、本件病院内で医師としての業務をすることを余儀なくされていたものといえるから、雇用契約で定められた1時間の休憩時間も労働時間に該当するというべきである。
院内連絡用のPHSを常に携帯し、時間に関係なく着信があり、着信があると直ちに応答し、必要な対応を行うということは、勤務医にとっては当然のように行われていて疑問を感じることは無いかもしれません。
しかしながら、このように勤務医が常時PHSを携帯し、時間を問わず着信があり、着信があると直ちに応答して必要な対応を行っている状況では、労働から解放されているとはいえず、法律上付与することが義務付けられている休憩時間を付与したとはいえないと評価される可能性が高いです。
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