医師の外勤・副業
~雇用と業務委託の判断基準は?~

平成30年4月に厚労省が「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を策定するなど、近年では、世間一般的にも副業・兼業が着目されています。
他方で、医師の場合は、以前より、常勤の勤務先がある場合でも、他の医療機関でアルバイトする医師は多く、実際に、医師転職研究所によるアンケート結果では、63.9%の医師がアルバイト(外勤)をしているという結果がでています。
医師の場合、一般的にアルバイトが広く許容されているとはいえ、特に公的な医療機関の場合は、特別に許可された場合を除き、アルバイト(外勤)が禁止されることも少なくありません。
また、外勤が可能な場合でも外勤の日数や時間等に制限がある場合もあります。そのため、外勤をする場合には、就業規則等の職場のルールを確認することが重要です。
公的な医療機関において兼業のルールに違反したことにより処分を受けた事例をご紹介します。
令和6年2月、市立病院に勤務する医師が、兼業許可の申請を行わずに、休日や祝日に他市の医療機関において勤務したことなどを理由として停職3か月の懲戒処分を受けたことが市により公表されています。
勤務先の外勤・アルバイトに関する規則に違反した場合は、最悪の場合、懲戒処分を受けることもあるため注意しましょう。
このように、勤務先毎に外勤のルールは異なります。特に、勤務先が変わった際には、就業規則や外勤に関する勤務先のルールを確認しましょう。
また、転職する際にも転職先のアルバイトに関するルールを事前に確認しておくことで、転職後にアルバイトや外勤に関するミスマッチやトラブルを予防することにつながります。
2024年4月から始まった医師の働き方改革により、勤務医の労働時間の上限は原則年間960時間以内に制限されており、例外でも最大年間1860時間が上限とされています。医師の働き方改革の内容については、医師の働き方改革、勤務医のアルバイトへの影響と注意点は?【荒木弁護士解説】をご覧ください。
外勤・アルバイトとの関係では、外勤先やアルバイト先での労働時間も合計して上限の範囲内に収まる必要があるので注意が必要です。
更に、先ほど紹介したアンケート結果では、当直バイトをしている医師の割合は、約4割でした。当直バイト先が宿日直許可を取得している場合、当直時間については、原則として年間960時間等の時間外労働規制の対象となる労働時間に算入されず、実労働時間のみが労働時間として算入されます。
なお、当直バイト先が宿日直許可を取得していない場合、当直時間帯の15時間前後もの時間すべてが時間外労働規制の対象となる労働時間に算入されてしまうため常勤先と合算して上限を超えていないか特に注意が必要です。
医師の働き方改革に関するQ&Aでは、常勤先の医療機関は、雇用する医師の外勤先やアルバイト先での労働時間については、医師の自己申告等により把握することとされています。外勤先・アルバイト先での労働時間の申告のルールについては、常勤先の職場にご確認ください。
なお、医師の働き方改革で上限の規制の対象となる労働時間は、雇用契約に基づく労働時間です。
そのため、例えば、医師が業務委託契約によりセミナーへの登壇や書籍や記事の執筆等の副業を行う場合の時間は、年960時間等の労働時間の上限の規制の対象となる労働時間に通算されません。
もっとも、業務委託で行う場合でも副業には該当し得るため、勤務先の副業に関するルールは確認する必要があります。
それでは、医療機関における患者に対する診療業務について、業務委託契約書を取り交わし業務委託として行うことは可能でしょうか。
業務委託契約書を取り交わせば、業務委託契約となると考える方もいらっしゃるかもしれませんが、雇用契約、業務委託契約のいずれに該当するかは、契約書の名称ではなく、業務の内容等の実態に基づいて判断されます。
医師の場合は、①労働基準法上の労働者に該当するか、②受け取る報酬が事業所得に該当するか給与所得に該当するかの2点で雇用契約か業務委託契約であるかが問題になることが多いと思います。
労働基準法の労働者に該当すれば、労働基準法をはじめとする労働関係法令が適用されます。
例えば、最低賃金に関するルール、時間外・休日労働の割増賃金、労働時間の制限、解雇規制、休日に関するルール、有給休暇、賠償予定の禁止に関するルールなど労働者としての権利が保障されます。
労働基準法では、「労働者」とは、「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。」と定義づけられています。
労働基準法の労働者に該当するか否かは、以下の1と2を総合的に勘案して個別具体的に判断されます。昭和60年厚生労働省「労働基準法研究会報告(労働基準法の「労働者」の判断基準について)参照
例えば、仕事の依頼・業務遂行の指示に対して諾否の自由が無い場合、業務遂行上の指揮監督を受けている場合、拘束性が有る場合、代替性が無い場合は、労働者性を肯定する事情となります。
1.使用従属性に関する判断基準
(1)指揮監督下の労働
- ①仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無、
- ②業務遂行上の指揮監督の有無、
- ③拘束性の有無、
- ④代替性の有無
(2)報酬の労務対償性
2.労働者性の判断を補強する要素
(1)事業者性の有無
- ①機械、器具の負担関係、
- ②報酬の額
(2)専属性の程度
(3)その他
クリニックにおいて診療業務に従事する医師の契約が雇用契約か業務委託契約か否かが問題になった裁判例を紹介します。
原告となった医師は、被告が経営する診療所において、週5日、定められた診療時間において来院する患者の診療行為に従事していました。患者に対する診療方針については、医師である原告に委ねられていました。
なお、診療所を経営する被告も医師であり、被告と原告は親子関係にありました。
原告と被告との間に契約書等の書面は一切作成されておらず、被告から原告に対して、診療に対する報酬として月額260万円が支払われていました。
被告が原告に対して、診療業務委託契約を終了することを通知し、終了日以降の報酬を支払わなかったことから、原告は、被告に対して未払いの賃金等の支払いを求めて訴訟提起しました。
裁判所は、「ある契約関係が、雇用契約か業務委託契約かの区分、また、一定の能力を提供してその対価として報酬を得る法律関係において、その能力を提供する者が労働者か否かの区分は、基本的に『使用従属性』の有無によって定まると解される。」との基準を示したうえで、
1.ほぼ週5日、〇〇医院という定められた勤務場所で、定められた診療時間において、被告が保有する医療機器や薬剤を用いて診療行為を行っていたものであって、被告の指揮監督の下で、労働者である勤務医として稼働していたものと解されること
2.原告に対する報酬が「給与」として取り扱われていたことも、原告の労働者性を根拠づける事情というべきである。
などと判示して、原告と被告との契約は雇用契約であり原告は労働者であると判断されました。
診療時間や場所が被告により決められていたこと、診療で使用する医療機器や薬剤は被告が保有していたことなどが考慮されて、原告は労働者であると判断されました。
医師の方々の中には、節税の目的で、医療機関と業務委託契約を締結して、報酬を事業所得として受け取りたいと考える方もいらっしゃるのではないでしょうか。
麻酔科医が複数の病院から得た報酬が事業所得か給与所得かが争われた裁判例を紹介します。
麻酔科医師である原告が、平成17年分~平成19年分の所得税について、自己が麻酔手術等をした複数の病院から得た収入を事業所得として確定申告をしたところ、税務署長が、給与所得に当たるとして、更正処分等をしたため、原告が、上記収入は事業所得に該当するからこれらの処分は違法であるなどと主張して、上記処分の取消しを求めて訴訟を提起した事案です。
裁判所は、「営利性や有償性を有し反復継続して行われる業務ないし労務提供という経済的活動から得られる収入が事業所得に該当するか給与所得に該当するかは、自己の計算と危険によってその経済的活動が行われているかどうか、すなわち経済的活動の内容やその成果等によって変動し得る収益や費用が誰に帰属するか、あるいは費用が収益を上回る場合などのリスクを誰が負担するかという点、遂行する経済的活動が他者の指揮命令を受けて行うものであるか否かという点、経済的活動が何らかの空間的、時間的拘束を受けて行われるものであるか否かという点などを総合的に考慮して、個別具体的に判断すべきである。」との判断基準を示したうえで、各医療機関ごとに事実関係等を検討し、以下の要素等を重視していずれも給与所得に該当するとされました。
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このように、医師が病院から受け取る報酬が事業所得となるか給与所得となるかについては、当事者間で自由に決められるのではなく、先述した考慮要素を踏まえて個別具体的に判断されるため注意が必要です。また、税務上の取扱いについて疑問がある場合は、税務署や税理士にご確認ください。
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