クリニックの開設者別~「雇われ院長」の法的リスク~【荒木弁護士解説】

今回は、ドクターの皆様の関心の高い「雇われ院長」について法的に解説をしたいと思います。
常勤で残業無し、当直無し、オンコール無し、休日出勤無しの条件で勤務医の求人を探すと、クリニックの雇われ院長の求人にたどり着いたことがあると思います。
また、自由診療メインのクリニックの求人を探すと、常勤の場合、雇われ院長の求人をよく見かけるのではないでしょうか。求人の際には、「雇われ院長」という表現のほか、「クリニックの管理者」や「管理医師」という記載がされることもあります。
クリニックの雇われ院長は、ワークライフバランスを重視する働き方に適合する一方で、病院の勤務医とは何が異なるのか、リスクやデメリットが心配になる方もいると思います。
更に、2023年には、営業を突然停止した脱毛クリニックの患者が集団で医師個人に対して訴訟を提起したことが報道され話題になりました。
報道などを見て「雇われ院長」になると医師個人がクリニックの債務を負担することになるのではないかと心配になる方もいると思います。
「雇われ院長」を検討する際には、その形態を理解したうえで、法的リスクを適切に把握することが重要です。
「雇われ院長」は、法律用語ではなく、一義的な定義はありません。
一般的には、クリニックの「雇われ院長」とは、開業医ではなく、クリニックのオーナーから「雇われて」、診療所の管理者(医療法10条1項)に就任し、院長として診療業務を行うことを指します。
クリニックの「雇われ院長」に共通する事項としては、クリニックの管理者、いわゆる管理医師になり院長としてクリニックで診療業務に従事することです。診療所の管理者の責務等は、医療法に定めがあります。
「雇われ院長」がクリニックの管理者に就任することに加えて、法人の理事にも就任する必要があるか、さらにクリニックの開設者にもなることを求められるかは、クリニックの開設者により違いがでてきます。
更に、雇われ院長とクリニックのオーナーとの契約形態についても、実態がどのように判断されるかは別として、「雇用契約」以外の形態もあり、そもそも、クリニックの開設者との関係で、雇用契約とはなり得ない場合があります。雇われ院長とクリニックのオーナーとの契約形態については、「「名義貸し」は特に要注意~「雇われ院長」の法的リスク~」で詳しく解説します。
「雇われ院長」に就任する法的リスクを適切に把握するには、クリニックの開設者が誰かをまず把握する必要があります。
ここで、クリニックの開設者という用語が登場しました。開設者については、医療法7条に規定があり、医療機関の開設・経営の責任主体を意味します。
クリニックの開設者となることができるのは、原則として、以下の2つです。
「雇われ院長」の話から一旦離れて、医師個人が開業する開業医のケースを例に医療法上の開設者と管理者を説明したいと思います。
個人の開業医の場合、以下のとおり、開設者=管理者=院長となります。典型的なクリニックの開業医のケースです。
【開業医のケース】
A医師が個人でクリニックを開業する場合
クリニックの開設者…A医師
クリニックの管理者…A医師
院長職…A医師
では、「雇われ院長」の話に戻ります。
クリニックの開設者が法人のケースを説明します。
クリニックの開設者となることができる法人は、原則として、営利を目的としない法人です。株式会社は、営利を目的とする法人のため、原則としてクリニックの開設者となることはできません。
クリニックの開設者として一般的なのは医療法人です。他には、一般社団法人のケースもあります。
医療法人については医療法に規定があり、一般社団法人については一般社団法人及び一般財団法人に関する法律に規定があります。
クリニックの開設者が医療法人の場合、以下のルールが、医療法上定められています。
・クリニックの管理者は、原則として、医療法人の理事に就任すること(医療法46条の5第6項)
・医療法人の理事長は、原則として、医師である理事の中から選出すること(医療法46条の6第1項)
雇われ院長としてクリニックの管理医師になると医療法人の理事にも就任するのは、この医療法の定めがあるためです。法律上の要請である以上、医療法人が開設するクリニックの雇われ院長に就任する場合には、医療法人の理事にも就任することになります。
そのため、医療法人が開設するクリニックの雇われ院長に就任する典型的なケースは、医療法人の分院の雇われ院長に就任し、医療法人の理事に就任するケースです。
なお、医療法人の理事長は医療法人のオーナー医師が務めるケースが一般的です。
ここで注意してほしいのは、医療法人のオーナーが非医師の場合が典型ですが、雇われ院長が医療法人の理事にとどまらず、医療法人の理事長への就任を求められるケースがあります。
これは、医療法人の理事長は原則として医師でなければならないという医療法の定めから、非医師の医療法人のオーナーが理事長に就任することができないため、雇われ院長の医師に理事長にも就任することを求めるためです。この場合、「「名義貸し」は特に要注意~「雇われ院長」の法的リスク~」で解説しますが、医療法人と雇われ院長との契約は雇用契約にはなり得ないことに留意が必要です。
クリニックの開設者が一般社団法人の場合を解説します。
クリニックの開設者が一般社団法人の場合、医療法人の場合と異なり、法律上は、クリニックの管理者が一般社団法人の理事に就任することは要請されていません。
しかしながら、クリニックを開設するに際しての保健所の指導やオーナーからの要請などの事情から雇われ院長が一般社団法人の理事への就任を求められて実際に就任するケースもあります。
なお、一般社団法人の代表者である代表理事については、医療法人の理事長の場合と異なり、医師である必要はないため、非医師がオーナーの場合でもオーナー自身が代表理事に就任することが可能であり、雇われ院長が代表理事への就任を求められることは基本的に無いと考えられます。
以下表にまとめました。
クリニックの開設者が法人ではなく、医師個人の場合は、注意が必要です。
注意が必要な理由は、【開業医のケース】で説明したとおり、開設者が医師個人の場合、原則として開設者=管理者=院長になるためです。
医療法上も、診療所の開設者が、管理者となることができる者である場合は、自らその診療所を管理しなければならないと規定されています。(医療法12条1項)
そのため、医師個人が開設者であるにもかかわらず、自身でクリニックを管理せずに、クリニックの管理者となる雇われ院長を募集するということは、何らかの事情があることが推測されます。
特に注意が必要なケースは、雇われ院長の求人であるにもかかわらず、クリニックの管理者だけでなく、クリニックの開設者となることまで求められるケースです。
クリニックの開設者は、医療機関の開設・経営の責任主体であり、下記に紹介する厚労省の通知においても注意喚起がされているように、開設者がクリニックを開設・経営する意思を有していることが求められており、開設者が他の第三者を雇用主とする雇用関係(実質的に同様な状態を含む)にあることは認められていません。
すなわち、クリニックの開設者が医師個人の場合、クリニックの開設者は経営の責任主体である以上、想定されるのはいわゆる開業医であり、「雇われ院長」がクリニックの開設者となることは厚労省の通知において注意喚起されているように認められていません。
1 医療機関の開設者に関する確認事項
(1)医療法第7条に定める開設者とは、医療機関の開設・経営の責任主体であり、原則として営利を目的としない法人又は医師(歯科医業にあっては歯科医師。以下同じ。)である個人であること。
(2)開設・経営の責任主体とは次の内容を包括的に具備するものであること。
①開設者が、当該医療機関を開設・経営する意思を有していること。
②開設者が、他の第三者を雇用主とする雇用関係(雇用契約の有無に関わらず実質的に同様な状態にあることが明らかなものを含む。)にないこと。
医療機関の開設者の確認及び非営利性の確認について(平成五年二月三日)(総第五号・指第九号)(各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生省健康政策局総務・指導課長連名通知)
個人開設のクリニックが「雇われ院長」の募集をしている場合には、法律上クリニックの開設者となることができない非医師や株式会社等の営利法人が実質的なオーナーで、雇われ院長名義でクリニックを開設することを想定するケースがあり注意が必要です。
注意が必要な理由について解説します。
クリニックの開設者は経営の責任主体である以上、クリニックの業務を行うにあたり、クリニックが入居する物件の賃貸借契約、医療機器等のリース契約、患者との診療契約、クリニックで雇用する職員との雇用契約などのあらゆる契約の主体が開設者の名義となります。
クリニックの開設者が法人の場合は、原則として法人が契約の当事者となるため、「雇われ院長」である医師個人は、契約の当事者とはなりません。そのため、クリニックの債務を契約に基づき直接負担するということは一般的にはありません。
一方で、「雇われ院長」が診療所の開設者にもなる場合、一般的なクリニックの開業医と同様に、クリニックの業務に関する契約の名義が開設者にもなってしまった「雇われ院長」個人の名義になるリスクがあります。
クリニックの経営が順調なうちは雇われ院長が開設者となったとしても債務を負担するというリスクが顕在化しないということも十分にあり得ます。
しかしながら、冒頭で紹介したように、実質的なオーナーが破綻した場合などクリニックの業務に関する支払いが滞ったり患者にサービスを提供ができなくなった場合には、開設者であり契約の名義人でもある医師個人に対してクリニックの債務の請求がされるというリスクが顕在化してしまいます。
今回の記事では、「雇われ院長」についてクリニックの開設者の違いに着目してその違いを解説しました。クリニックの開設者になることができる主体を理解することで注意が必要なケースを適切に把握できるようになると思います。
次回の「「名義貸し」は特に要注意~「雇われ院長」の法的リスク~」では、雇用契約だけではない、雇われ院長とクリニックのオーナーとの契約形態について解説をしています。
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