【雇われ院長】トラブル実例・裁判例紹介【荒木弁護士解説】
雇われ院長の法的リスクについて、「クリニックの開設者別~「雇われ院長」の法的リスク~」、「「名義貸し」は特に要注意~「雇われ院長」の法的リスク~」の記事で詳しく解説しました。
本記事では、雇われ院長の法的リスクが顕在化して裁判になった場合、医師がどのような請求をされて裁判所はどのような判断をしたのか、実際の裁判例を紹介しながら解説いたします。
東京地方裁判所令和7年3月19日判決/令和4年(ワ)第12738号、令和4年(ワ)第16903号
原告の医師は、初期研修修了後、コンサル会社からの勧めでAクリニック熊本院を開設し、フランチャイズ会社の被告との間でフランチャイズ契約を締結しました。
判決文に記載された原告の医師の言い分によれば、原告の医師は、クリニックのオーナーはコンサル会社やその代表者であり、医師自身は雇われ院長として、月額220万円の給与を受け取るという認識だったようです。
しかしながら、クリニックが赤字になり、医師のフランチャイズ会社に対するロイヤリティの未払いが生じたため、フランチャイズ会社よりフランチャイズ契約を解除されてしまいました。
医師はフランチャイズ会社に対し、フランチャイズ契約の解除は無効であるとして、フランチャイズ加盟契約に係る契約上の地位にあることを確認する旨の訴訟を提起します。
一方、フランチャイズ会社は医師に対して、未払いのロイヤリティ等として2622万円、フランチャイズ契約解除後もAクリニック熊本院を運営しているとして競業避止義務違反として違約金1億円の反訴を提起します。
医師及びフランチャイズ会社双方が訴訟を提起するという事態に発展し紛争が泥沼化しました。
裁判の結果、原告の医師がフランチャイズ加盟店の地位にあることは認められず、医師は未払のロイヤリティ約2622万円の支払いを命じられました。一方で、競業避止義務違反の違約金1億円の請求は認められませんでした。
東京地裁令和7年3月18日判決/令5(ワ)20074号ほか多数
本事案で着目すべき点は、被告となった医師は、開設者として届出されていましたが、クリニックでの勤務実態はありませんでした。
裁判所は、被告となった医師が、自らを本件医院の開設者とする届出がされることを承諾していたことをもって、被告となった医師が各原告の美容医療サービス提供契約の当事者であると認めることはできないとして、元患者らからの施術代金の返還請求を認めませんでした。
本判決では、患者らからの請求が裁判で認められていませんが、医師が応訴するための金銭的、時間的、精神的な負担は測り知れないと思われます。
医師個人が安易に開設者としての名義を貸してしまうと、クリニックやその運営会社の経営が悪化した場合には、リスクが顕在化する危険が高まります。
なお、報道によれば、同様の訴訟が名古屋地裁でも提起され、元患者ら101人が前払い代金の返還として1人当たり約20万円の支払いを求めて提訴した件で、裁判所は、医師の契約主体としての責任は認められないとして患者らの請求を認めなかったということです。
脱毛の施術の場合、脱毛料金を前払い制でまとめて支払う前払い方式がよく見られます。前払い方式の場合、クリニックの運営会社が事業停止、破産等した場合に、患者が途中で脱毛が受けられなくなり、未消化分の返金問題が生じます。
紹介した裁判例の場合、運営会社が破産したため運営会社からの回収が見込めず、開設者である医師個人に対して請求されたものと思われます。
また、報道にもありますが患者1人あたりの請求額は約20万円であり裁判費用を考慮すると患者1人の請求額では、開設者である医師個人に対して訴訟までして請求することは想定しづらかったと思います。
しかしながら、紹介した東京地裁や名古屋地裁の裁判のように、現在では、インターネット上の呼びかけを通じて患者らが集まり、集団で訴訟をすることが容易になっています。
1人当たりの請求額は20万円でも100人集まれば2000万円と多額の請求金額になります。
ケース1ではフランチャイズの本部からの請求、ケース2では元患者からの請求に関する裁判例を紹介しました。
クリニックの開設者になると、個人クリニックの開業医の医師と同様に、クリニックの業務に関するあらゆる契約の名義人になることが想定されます。
裁判例では、クリニックの開設者であった医師個人に対して検査会社ががん遺伝子検査の料金支払いを求めた事案もあります。医師は自身は雇われ院長であり、検査会社と取引したのは実質的オーナーの会社であると反論しました。
裁判所は、医師の在任期間中の検査料金約240万円について医師に支払いを命じました。
(東京地裁平成25年4月26日判決/平23(ワ)37002号)
クリニックの開設者となった医師がクリニックのテナントに関する賃貸借契約の賃借人となっていれば、賃貸人から直接賃料等の請求を受けることも考えられます。また、テナントから退去するときは借りる前の状態に戻す原状回復義務を負います。
開設者である医師がクリニックで使用する医療機器のリース契約の当事者になることも考えられます。この場合、契約に基づきリース料金の支払い義務を負い、更に解約する場合でも、残リース代金の一括返済を求められることもあります。医療機器は一般的に高額ですので多額の支払い義務を負うリスクもあります。
クリニックの職員との雇用契約の当事者になることも想定されます。職員に対する給与や時間外手当の未払が生じたり、雇用に関して労使間の紛争が生じたりした場合は、開設者である医師個人が対応を余儀なくされることも想定されます。
列挙したのは、ほんの一例であり、雇われ院長のつもりであっても、ひとたび開設者になってしまうと、クリニックの運営に関するあらゆる契約の当事者になる可能性があります。
クリニックの経営や実質オーナーとの関係が順調なうちは、リスクは顕在化しないかもしれません。しかしながら、クリニックの経営状態やオーナーとの関係が悪化するとリスクが顕在化し、本来であればオーナーが支払うはずのクリニックの運営に関する経費が支払われず、契約の当事者である医師個人に請求される事態になりかねません。
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いかがでしたでしょうか。雇われ院長のつもりでクリニックの開設者になった場合のリスクが顕在化した事例について裁判例を紹介しながら解説しました。
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